スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お墓参り

  • 2009/09/27(日) 19:43:06

我が家がオットの実家の岩手に帰省するようになってから、帰りに必ず宮城にある私の母の実家に寄るのが恒例行事だった。
祖母がまだ元気だった頃は祖母に会いに、祖母が亡くなってからはお墓参りに毎年寄る事にしていた。

3年半前に父が亡くなってからは、自分の実家の事で精一杯。
息子が高校生になってからの事。
部活が忙しくなって、夏休みは息子の部活のない週で帰省してきた。
部活のない週の後は合宿があった。
大概、帰省から帰った翌日から合宿だったので、途中下車している
時間がなくなった。
高速から「ごめんなさい。今年も行けません...」と心の中でお詫びして
通過していた。

そう考えると、ここ何年も母の実家のお墓参りに行けてない。
何となくずっと心のどこかに引っかかっていて...。
夏にオットの実家に帰省から帰ってきて、母と電話をしていた時に

「宮城のお墓参り行ってないんだよね。気にはなってるんだけど...」

と言ってみたら、どうやら母もずいぶんご無沙汰していると言う。

「二人で行ってみる?」

と母が言ってくれたので、一緒に行く事にした。

母も仕事をしているので、行ける日が日曜に限られる。
でも私一人で車を運転していく自信はないし、日帰りはかなりきつい。
ちょっとお金はかかるけど、電車で行こうという事に決まった。

ネットで私が切符を手配し、朝9時の新幹線で出発。

・仙台まで出て、そこから高速バスに乗る

・東京~一ノ関は新幹線。そこから東北本線で戻る

・東京~古川は新幹線。そこから約1時間タクシーで移動


いろいろ方法はあったけど、

・東京~仙台は新幹線。仙台から東北本線に乗る。
母の実家の最寄り駅からお墓までタクシーで移動(15分)
この方法が、一番ベストだった。

東北本線に乗るのは、まだ新幹線がなかった頃に父(岩手)や、
今回の母の実家に帰省するのに鈍行と呼ばれていた各駅停車に
乗った時以来。
実に、30年以上経っていた...

小さい頃は、乗り物酔いがひどくて窓際で外の風にあたってないと
ダメな子供だった。
それでも耐えられなくなるとデッキに立って、駅に着くたびホームに
降りて深呼吸&気分転換。
今の私からは想像できないような(?!)弱っちぃ子供だったのだ
だから景色なんて全然覚えてない...はず。

なのに、今回窓から見る景色が記憶のどこかに残っていて「懐かしい」と
思えた事があったのは意外だった。
窓から見えた松島も、日本三景の一つだというのにゆっくり見た事
がない!
仙台七夕は何度も連れて行ってもらったけど、小学生の時だから
「大人に連れて行かれた」くらいにしか思っていなかったと思う。
(なんて罰当たりな...)
本当は温泉でも行ってゆっくりしたかったなぁ~なんて思いながら、
電車に揺られて1時間ちょっと。

ようやく着いたのにもうお昼を過ぎている。
観光するところもないので、タクシーも常時駅前にいる訳じゃない
ほどのド田舎。
住んでる人はほとんど車があるので必要ないし。
待っていても来そうにないので、電話を掛けてタクシーを呼んだ。

お墓についたらそのままタクシーに待っていてもらって、お墓参りを
済ませた。
ようやくホッとしたというか、つかえていた物がとれたような気がした。
次に来られるのは何年後だろう。
おじいちゃん、おばあちゃん、ごめんなさい。

宮城のお墓付近の滞在時間は1時間半。
15時近い東北本線に乗り、また仙台へ向かう。
仙台で40分の待ち時間の間にお土産と駅弁を買って、帰途についた。
気がついたら、母は朝5時半にご飯を食べたきり、私も行きの新幹線に
乗っておにぎりとお茶で朝ご飯を済ませたきり、何も食べていなかった
どうりでお腹がすいたはず...。
名物の牛タン弁当はとってもおいしかった!

母は上野で途中下車。
私は終点東京まで行って、自宅へ。
家に着いたら20時過ぎてた。

はぁ...長い一日だった。
だけど、有意義な一日だったな。









この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。